見ていただきありがとうございます、えむです。
この記事では、「なぜこんなに悩み抜かなければいけないのか」ということや、考えること(意識)そのものが重荷に感じられるときの心の整え方について書いています。
出口のない暗闇の中で、「苦しんだ先に一体何があるというのだろう」「どうして生きて思考すること自体がこれほど重く苦しいのだろう」と途方に暮れてしまう。
そんな経験はありませんか?
- 「この苦しみに何か意味があるはずだと答えを探そうとして、余計に脳が疲弊してしまう」
- 「『人の意識とは何なのか』『なぜ自分は悩むのか』という壮大な問いに飲み込まれ、頭が割れそうになる」
今回は、苦しみに無理やり意味をつけるのをやめて、重すぎる思考(意識)のスイッチを静かにオフにするアプローチについて書いてみます。
「悩み抜くことに意味はあるのか」と途方に暮れるあなたへ
なぜ私たちは「苦しみの理由」や「先の答え」を探してしまうのか
心が限界を超えて苦しいとき、私たちの脳は「この途方もない痛みに何か理由や意味があるはずだ」と必死に答えを探そうとします。
「悩み抜いた先には何か素晴らしい学びがあるのではないか」「苦しさの向こう側に答えがあるはずだ」と思おうとするのは、今ある痛みをなんとか耐え忍ぶための人間の本能でもあります。
しかし、答えの出ない問いに向かって脳をフル回転させ続けることは、すり減った心にさらに激しい摩擦熱を生み出してしまいます。
答えを探せば探すほど、「やっぱり答えなんてないのではないか」という強烈な虚無感に襲われ、自分を追いつめてしまうのです。
悩み抜くことに、最初から特別な義務や大層な意味など存在しないのかもしれません。
苦しいときは「ただただ苦しい」のであって、その痛みに無理やり綺麗な価値や理由を買いかぶせる必要はないのです。
思考(意識)が重荷になった状態では、良い答えはでない
頭の中で常に何かが渦巻き、「自分とは何か」「生きるとは何か」と考え続けてしまうのは、あなたの意識がとても緻密で繊細に働いている証拠でもあります。
けれど、心と体が極度に疲弊しているとき、その「意識(考えること)」そのものが、逃げ場のない重鉄の鎧のように身体を押し潰してしまうことがあります。
深い問いに向き合おうとすればするほど、脳はエネルギー酔いを起こし、存在すること自体の重たさに耐えきれなくなってしまうのです。
そんなときに「答え」を出そうとしても、ますます苦しくなってしまいます。
重い思考を手放し、心を静かに着地させる3つのヒント
苦しみに無理やり「意味」や「価値」をつけなくていい
「こんなに苦しんだ先になにがあるのだろう」「悩み抜くことに意味はあるのだろうか」という問いを、一度そっと横に置いてみましょう。
苦しみの先に何か素晴らしい未来や成果が待っていなくても、まったく構わないのです。
「今はただ、理由もなく苦しくてつらいんだな」と、その痛みやだるさをそのままの形でそこに置いてあげてください。
意味や価値を探すのをやめることで、脳の無駄なオーバーヒートを止め、すり減っていくエネルギーを食い止めることができます。
「人生の答え」を出そうとする思考のスイッチをオフにする
「人の意識とは何か」「自分はどう生きるべきか」といった答えのない壮大なテーマが頭を支配し始めたら、「今は答えを一旦保留にしよう」と自分に教えてあげましょう。
その問いは、心が元気を完全に取り戻したあとに、ゆっくりお茶でも飲みながら考えればいいことです。
心が傷つき倒れそうな今、無理に大きな結論を出す必要はどこにもありません。
頭の中で始まってしまった「答え探し会議」を一時中断し、思考のスイッチを静かにオフにしてあげましょう。
重すぎる「意識」を休み、「今ここにある体の感覚」へ戻る
頭の中の思考(意識)が暴走して苦しくなったときは、理屈や概念の世界から離れ、純粋な「身体の感覚」に意識のピントを絞り直してみましょう。
手のひらの温かさ、足の裏が床に触れている感覚、吸って吐いてを繰り返す呼吸の出入りなど、今ここにある極小の現実にだけ意識を置くのです。
壮大な問いに揺れていた意識を、「ただ息をしている体」という静かな足場に着地させてあげる工夫です。
頭の中の騒音から離れ、体の感覚にだけ寄り添うことで、重荷だった意識がスーッと軽くなっていきます。
おわりに
「悩み抜いた先に何があるのか」と途方に暮れる夜は、世界に自分一人だけが取り残されたような深い孤独を感じてしまうかもしれません。
でも、人生の答えを見つけられなくても、苦しみの意味を証明できなくても、あなたの存在価値は1ミリも損なわれません。
答えを出そうと必死に戦ってきた頭を休みめて、今はただ静かに今日という時間を過ごしてください。
何かを理解する必要も、意味を見出す必要もありません。
あなたが今、息をしてここに存在してくれている、ただそれだけで十分なのですから。
また思考が暴走して頭が重くなったときは、いつでもこのブログへ考えを休めに来てくださいね。
この記事が、あなたの重すぎる思考をそっと降ろし、安らぎのひとときをもたらすきっかけになれば嬉しいです。
読んでいただきありがとうございました。

